2020年10月24日土曜日

ひょうご日本歌曲の会

ひょうご日本歌曲の会は、作曲家、詩人、歌手(声楽家)からなる交流とコラボレーションの場である。作曲家の中西 覚氏(同会代表)や声楽家の岡田征士郎氏(同会副代表)らの呼びかけで、2007年末に誕生した。以来、毎年の本公演のほか、サロンコンサートを開催するなど、熱心な活動を続けてきた。

筆者も発足以来、会員として活動に参加させていただいていて、今までに10曲の歌曲を作曲し、発表させていただいた。素晴らしい詩人、演奏家、作曲家との貴重な出会いの機会となった。

例年、今の時期は本公演に向けたリハーサルが進められているのだが、今年はコロナの影響で11月に予定されていた本公演も来年に延期となり、活動が一時的な休止状態となっている。


<大阪府感染症対策情報:大阪モデル>

http://www.pref.osaka.lg.jp/iryo/osakakansensho/corona_model.html

<大阪府新型コロナウイルス感染症関連の特設サイト>

http://www.pref.osaka.lg.jp/default.html


2020年10月18日日曜日

樹木の絵

いつか樹木の絵を描いてみたいと思っている。自分はどちらかというと、常緑樹よりも爽やかな落葉樹が好きだ。重なり合った枝が緑の深みを増す。一枚一枚の葉には様々な色彩と輝きがある。そして木々の枝の間から透けて見える向こう、遠景には里山や田畑や民家、道、そして空がある。そんな風景の絵を描いてみたい。

でも、自分は絵を描く術を知らない。水彩画? 油絵? それとももっと他の方法があるのだろうか? まず、そこから学ばなければならないとしたら、気が遠くなるほど先の話になってしまうかもしれない。思い通りの絵が本当に描けるのだろうか。その絵は、一体いつになれば仕上がるのだろうか。何だか思いだけがぐるぐると回ってしまう。

里山の風景を見ているとそのような思いに駆られる。そして「音」で思い通りの「絵」が描けたらいいなあ・・・ といつも思う。


2020年10月17日土曜日

雨の日


昨夜から雨が降っている。10月も半ばを過ぎ、かなり涼しくなってきた。最近は土曜日もオープンキャンパスや入試などで出勤することが多かったので、久しぶりに自宅で過ごす土曜日は、なんだか新鮮な感じがする。

午後のひととき、自宅のすぐ近くにある公園を通ってみた。ふだんの土曜日の昼下がりなら多くの人で賑わっている場所だが、やはり雨の日は人の姿も少ない。木々の葉は雨にあらわれているようで心なしか美しく見える。

今日のような雨を何と言うのだろう。秋の雨なので秋雨? 気になってインターネットで検索してみた。

秋雨、秋時雨、秋湿り、霧雨、秋霖・・・そのほか、多くの言葉があることにあらためて気づいた。

日本語には、秋の雨に限らず、雨に関する言葉がとても多い。400語以上もあると紹介するウェブサイトもあった。

爽やかな秋晴れの日も良いが、今日のようなしっとりとした雨の日も落ち着いた感じで好きだ。


2020年10月10日土曜日

秋草文様

「秋草文様」は、着物の柄や屏風絵、蒔絵などに用いられる日本の代表的な模様である。

手元に「日本美術の流れ」(源豊宗著、思索社、1990年)という本がある。著者の源豊宗氏は、日本を代表する美術史家で仏教美術が専門とのこと。その著書によれば、日本の装飾意匠には、好んで秋草が用いられている。日本美術を貫いて流れる美意識ないし美的表現は情緒主義であり、その象徴的なものとして秋草がある。つまり、秋草は日本美術の本質の象徴であるとのこと。

・・・秋草を眺めながらいろいろと思いをめぐらせる。そのこと自体がいかにも日本的ということだろうか。

2020年10月4日日曜日

秋草の風景

秋の京丹波の里山。
足元に無数の秋草が生い茂っている。
雑草に違いないが、よく見るとそれらの一本一本に個性があって面白い。
律動的にも見える。
眺めていると、何となく穏やかな気持ちになる。

* * * * * * *
高校生の頃だっただろうか。図書館で借りた国木田独歩の「武蔵野」を読んで、秋の雑木林の風景描写の美しさに感動した記憶がある。しかし、そこに描かれた風景とは、実際には見ることのできない過去の風景だった。

そのような朧げな記憶がよみがえった。